No world, Only Love
書いた人:弟月

 ――音も、色彩も飛んだ世界で俺は、彼に恋をした――

 …つまる所、その日は、何時にも増して最悪だった。
俺の日々は、本当に禄でも無いことで彩られている。特に、この学園都市に来てからは本当に最悪だった。
勝手に改造されて、縛られて、名前を奪われて、挙げ句に廻されて来る仕事は生き汚い俺にピッタリの泥まみれの仕事か、用務員って名前の餓鬼のお守りだけだった。
ふて腐れて仕事を受けなかったら、待っているのは調整を施されずに死を待つ己の身体と、それに伴う身体を蝕む地獄のような痛みだけ。
 結局、俺に選択肢は無く、だまって泥を被るか餓鬼のお守りをするしか無かったわけだ。
そして、その日も何時もと変わらなかった。自室に備えられた循環器系調整用チューブとバイタルチェッカーを引っこ抜いて起きあがる。
半地下の部屋に薄く差し込む光は、何時もよりも少しだけ凶悪で、寝起きで調整のままならない数少ない人間だった頃の名残である目を焼いた。
そうして、その憂鬱な気分を引き摺ったまま出勤する。今日は珍しく用務員の仕事だけでいいと聞いて少しだけ楽が出来ると喜んでいた。
 だが、そんな目論見は脆くも崩れ去った。
事務所について書類仕事を片付けながら、休憩としてお茶を飲んでいた時に鳴ったのは緊急用回線からの着信をつげる甲高いビープ音。
それも、学園都市最悪の防衛機構、悪名名高い学生だけで構成された組織――学園都市特別風紀委員会、通称“特風”からの着信だった。
溜息を一つ付き、一瞬居留守でも使おうとも悩んだが、そんな事をするとどんな目に遭わされるか解らない。
仕方なく電話を取った俺の耳に飛び込んで来たのは、何時も通りのオペレーターの声。
本人にそのつもりは無いのだろうが、慇懃無礼とも取れる声色に若干の苛つきを覚えながらも了承の旨を伝え、叩き付けるように受話器を置いた。
それなりに力を込めたのだが、異能だらけのこの街でこの程度壊れる電話など販売されている筈もなく、受話器は何時も通りの姿を晒している。
その姿に今度は深い溜息をついて仕事道具を纏めたナップザックを拾い上げると、俺はそのまま指定された場所に向かった。

「なんだこの惨状はっ!?」
 現場についた俺の口から零れ出たのは、自分でもある意味予想通りの言葉だった。しかし、目の前の惨状にその言葉を出さないわけには行かなかった。
破壊された壁、砕け散り原型すら危ういガス管、破裂して水をまき散らす水道管…etc,ect…端的に言ってしまうと、地獄絵図だった。
そして、残念ながら、これは俺にとっても、この街にとっても日常の一部でしか無かった。
「むぅ…こんな惨状を引き起こすのは…」
 しばし、作業工程を脳内で構築するのを止め思考を巡らせる。そして、その答えはあっさりと簡単に出てきた。
蓮花――特風期待の大型新人にして、学園都市の生きる伝説“甘音幕僚”の二代目とも噂される超破壊力の持ち主。
その力の巨大さからオープンランカーにも登録される実力者なのだが…
「能力制御出来てなきゃ、意味無ぇよなぁ…」
 彼女の能力は破壊に特化されている。
その威力は、或いは核融合にも届くかと言われる程の熱量を生み出せるのだが…その力が強すぎるのか、彼女はその制御が下手なのだ。
普段は何とか押さえている物の、何らかの拍子に暴発することが多い。
挙げ句、その簡単な暴発ですら洒落にならない威力を持って打ち出されるから被害は広がる一方だった。
「はぁ、今日もまた、あいつの尻ぬぐいか…ったく、これだから女って奴は…」
 どっちにしろ壊れるから直さなくてもいいか、なんて怠惰で魅力的な考えを頭から振り払いながら仕事にかかる。
愛用の使い込まれた修理キット達を取り出し、さて何処から触ってやろうかと考えていると、道の向こうから聞こえてきたキーの高い目の声。
「おっ、なんだ、アレ?」
 顔を上げた俺の目に入って来たのは、さらなる絶望。噂をすれば何とやらと言う先人の言葉を信じていれば良かったと嘆いても現実は変わらない。
そこに居たのは、特風の巡回部隊の連中だった。
「………また、仕事が増えるのか…」
 本日何度目になるか解らない溜息をついて、黙々と仕事道具を広げ始める。
そして、聞こえてくる声に覚えがある事に気付くも、とっとと仕事をしたいために黙殺を決め込んだ。
「お、さっきの音はここからかー。よーし、令月君、君の出番だぞー。みつこたんを手伝って道路の補修をしなさーい。あと、うさき、君も適当に手伝っとけばいいと思うよ?」
「うぃーっす…つっても、俺、本来壊す側なんで、作るの苦手なんですけどねー」
「がんばるうさー。何をすればいいのか、わからんけどうさー」
 特風の巡回ルートの関係上か、特にかち合うことの多いメンバー。件の蓮花と同じ巡回部隊に所属する、高山令月、如月うさぎ、そして部隊長であるファトゥ・オニール。いつもの騒がしいが、それなりに有能なメンバーで在ることに少しだけ不安が和らぐ。…まぁ、蓮花が居ないだけで俺には十分福音なのだが…。
後ろで繰り広げられる学生らしいが、どこかずれた日常会話を黙殺しながら黙々と作業していると自分の後ろから近付いて来る気配が一つ。
特徴的な重心移動の仕方から、誰かは判別が付いた。
「……久しぶりだな、令月」
振り返りもせずにかけられた声に、しかし驚きもせずに返してくる学生服の少年、高山令月。肩にひかっけたバットケースが異様な存在感を放っていた。
「ぉおーっ!久しぶりっす、猛の旦那。お元気でしたか?」
「息災だ」
「それは何よりっす。」
俺は、彼のことが嫌いではない。何故なら、この巡回班で唯一物質創造の能力、モルフェウスと呼ばれる能力を持っているからだ。
「あ、ガス管、大まかな所は直すので細かいところは補修して欲しいっすよ」
「了解した」
このように、彼が居ると総入れ替えになる可能性が大きく減るからだ。肉体的にも経済的にも便利がいいのだ。
そこでおもむろに、ここの部隊長を勤めるファトゥが口を開いた。
「ところでうさきち」
声をかけた先は、特徴的な語尾、及び身体的作業をもった少女、如月うらぎ。
「なんだうさー?」
「それってキャラ立てなのか?」
「寝不足故の暴走うさー」
「そうか、それじゃしょうがないね」
…何とも言えず、酷い話だな。本当に。
「…うさこは、相変わらずだな。」
「久しぶりうさー、今日も家のレンちゃんがすまないうさー」
のんきなようで気遣いは出来る所は流石だと思う。が、あの意地でも仕事をしないと言わんばかりの態度はどうにかならないのだろうか…
「でも、どうせなら蓮花ちゃんキャラ立てをしないと、この業界では生き残れないぞ。語尾にうさを付けてるだけじゃダメだ。」
…どうやら特風は、アイドルか芸人の集まりだった模様だ。
「平凡に生きていくから、大丈夫うさー」
そんな会話を聞きながら、黙々と作業を続けていく俺に投げかけられた声が一つ。
「………俺も、あーいうの有った方がいいんすかね?」
「…………解らぬ……」
本当に返す言葉が無かった。
「デスヨネー…あ、このガス管ダメだ。分子結合から逝ってらぁ…。」
本当に、この学園都市の餓鬼には化け物しか居ないようだった。そうして、後ろで遊んでいる少女の肩を掴みこちらに向かせる。
「でわ、仕事に取りかかろうか?」
「そっすよ、先輩。仕事して欲しいッス」
「うーさー」
二人がかりの言葉に諦めたのか、うさぎは大人しくこちらがわに引き摺られて来た。そして間髪入れずに何かを悩んでいたらしいファトゥが口を開いた。
「…どうせならここは斬新に、『うさ』じゃなくて『きさ』とかつけたらどうだ?如月って名前だし、使わない手は無いだろう」
何を考えていたのだろう、この部隊長殿は。
「きさきさーとか言うと、なんか良い感じかもしれないな?」
「きさきさー…なんか、ちょっとうざくないうさ?」
「いや、なんかうさ先輩で定着してるので…」
二人からの反撃を受けたからか、ファトゥは肩を竦め
「きさま、きさまの言い損ないみたいでやっぱ格好わるいな…まぁどうでもいいや、うさきちがんばれ」
激しいまでの投げっぱなしである。まるでジャーマンスープレックみたいだな。そして、いい加減仕事をして欲しいので、口を挟むことにした。
「………まぁ、いい、仕事だ」
「うさー!がんばるうさー!」
 そうして、振り向いた俺の目に映ったのは、何故か自在に動くウサ耳で瓦礫を掴もうとして挫折している少女だった。
唖然とする俺、そして同じ反応を返している高山の口からは何とか絞り出された言葉があった。
「………細かい仕事からして下さい。あと、それ、手だったんですね…」
 全く持って同意である。
「耳だから大丈夫うさ?」
しれっと、言ううさぎの言葉が物凄く引っかかり、一つ試してみる事に彼女に近付き…
「ほう。では、どこまで伸びるか試してみるか?」
思い切り引っ張った。
「うーさーっ!?」
 どうせ、直ぐに限界が来ると思ったそれは、予想に反して伸び続けた。まるで、エグザイル能力者のように…
「…貴様、エグザイルだったのか?」
つい口をついて出た疑問を、彼女はさらっと破壊していった。
「これは一つの才能うさー」
…何とも言えず腑に落ちない感覚、だが、それも飲み下してしまう事にした。何故ならココは学園都市、地上に残る魔女の釜の底だ。

そんな馬鹿な会話をそうやって、30分もしない内にこの場の作業は終わりを告げた。
「お疲れ様。みつこたん、うちの蓮花ちゃんがいつもすまないねー。これに懲りずにまた明日も…と、言うか今日中にあと5回くらいは頼むよ。」
 見計らったように声をかけてくる、もう1人の少女。
流石に部隊長を務めるだけあって素晴らしい物だったが…現実は言わない方が幸せな奴が居ることも、覚えておいて欲しいものだった。それと、もう一つ…
「みつこ言うなっ!?」
呼ばれたく無い名を言われてつい、反応してしまった。
「じゃぁ…さかりたん?」
「ん?どうかしたのか?」
次に呼ばれた名前は問題を感じなかったから普通に返しておいた。廻りの表情が少しだけ微妙な物だったが、黙殺しておく。
「俺にはねぎらいの言葉無しっすかー、せんぱーい…」
「令月君もお疲れ様。あと、うさきちは頑張れ」
「うさーっ!?仕事はしたうさよーっ!?」
何だか微妙にやる気の無い必死さで訴えてくるうさぎも黙殺。そうして、色々な思いを流し込み、荷物の片付けを終えた時に高山がおもむろに立ち上がった。
「っし、次の現場までに何か買って来るッス」
 丁度良い機会なので、その機会に載せて貰う事にした。
「ああ、序でに俺の分も頼む」
「うぃーっす、いいっすよ。因みに、うさ先輩と中国先輩、あと猛の旦那は何が欲しいとかありますか?」
 そう言って、こちらに振り向く高山に皆、それぞれの答えを投げて居た。
「じゃぁ、ゴディバのカップアイス」
「ペプシバオバブ」
「ガソリン、ハイオクで」
 それぞれの答え、その中に混ざるチョイスに色々思った所があったのか高山は瞬時考えるように固まった後
「…まぁ、煙草買ってくるよりはマシっすね。りょーかいっす、ちなみに金は払って下さいね?」
「無論だ。学生にたかる程、落ちぶれちゃいない」
 そうやって、彼が身を翻そうとした時に、その日の二度目の悪夢が俺を襲った。遠くから響いてくる地響き、それに伴う土煙。
何がが、色々な物を巻き上げなら…今なおしたである場所に、一直線に向かって走って来ていた。
凶悪な破壊力と暴風をまき散らしながら、走って来るソレ。各々の獲物やらを構えて迎撃態勢をとるものの…決定的に威力が違った。
違いすぎた。破壊力とは詰まるところ、単純なエネルギーに過ぎない。そして、それを潰すには同じかそれ以上のエネルギーが必要となる。
無論そんな破壊力を一瞬で出せる存在など、この学園でも数えるほどしか観測されておらず…結果、俺は吹き飛ばされた。
 いくら生体型サイボーグの初期ロットとはいえ、まだまだ金属系パーツも使われている俺の身体。
元の身長も相まって、かなりの重量を誇る俺の身体すらも木の葉のように易々と吹き飛ばされた。
そして、そんなエネルギーをぶつけられて、俺が決心を注いで直したとは言え応急処置しか施されて居ない箇所が持つはずも無く…
「貴様、俺達の血と汗の労力をぉぉぉ、ゆるさぁあああああああん!!」
そんな解りやすい断末魔を上げなら、結局彼等と一緒に吹き飛ばれてる事になってしまった。本当に、運に恵まれない日だと、心の底から嘆きながら。

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 そうして、俺は結局巻き込まれる事になった。用務員として楽な仕事だけで済むはずだった一日は、結局何時も通りのキツい仕事の早変わりしたのだった。
「…はぁ…」
誰にも悟られない用に、軽く溜息をついた。
つれて来られた特風の事務所の狭さにもイライラするが、何よりも今から来るメンバーと合流すると言うのが一番の問題だった。
件の蓮花が合流すると言うのだ。彼女自身の性格に問題無いのは知っているのだが…その能力故に仕事を増やされた身としては、心穏やかにいれないのも事実だった。
そんなイライラを抱えたまま、ドアの前で彼女たちの到着を待っていた。そうして、開かれたドアの向こう…

―――その瞬間、俺の世界が、砕け散った―――


 ――染められてなお、綺麗な色をしたふわふわの髪の毛。
 ――少し怯えるように細められた、大きく綺麗な瞳。
 ――すっきりと、シャープなラインを残した顔立ち。
 ――小さく、華奢な女性とも見間違える身体。
 ――そして、それらの全てと相反する、しかし強烈なまでに匂い立つ程の色気。

その全ての存在が、俺のそれまでの全てを打ちのめした。

全ての存在を否定され、破壊され、木っ端微塵に粉砕された。

それまで構築された、俺と言う存在、その全てを破壊し尽くし0に戻した。

そして、再構築された、俺に残って居たのは今までとはまったく別の感情。

凶悪なまでの感覚の本流が、俺の飲み込み、色も、音も、何もかもを俺の廻りから奪っていった。


さようなら倫理、もう二度と会うことも無いだろう。
さようなら道徳、長らく世話になったな。


そうして、俺は…

色彩も、
音も、
感覚も、
倫理も、
道徳も、
何もかもが吹っ飛んだ世界の中で


――――俺は、彼に恋をした。