世界の始まりが、人にはわからないように。物語の始まりも、人にはわからない。
関わったときにはすでに始まっていって。関わった途端に、それは終わりへと傾いていく。
それはつまり、物語の全貌は見通すことは出来ないことを表していて。
仮に出来たとしても、それは情報による想像。または、妄想。
言い方なんて人それぞれ、ただ表す意味さえ分かれば十全。
 
これはつまり、そんな物語。
 
 
『嘘から始まるエトセトラ』

 
 
-1-
 
 
 コーンコーン、と乾いた音が響いている。何かを何かに打ち付けるような、そんな音が。
 これが丑三つ時に神社で行われる儀式なら面白かったかもしれない。だが、時は午前8時20分。当たり前のように太陽は昇っていて、良い子はすでに学校へ行き、クラスメートと談笑している時間であり、場所はただの廃墟だ。転がっている残骸は気にしない方向にしておく。すでにそれに興味はなく、初めから興味があったが疑問だが、今となっては道端のオブジェと化す。
 ま、これはこれでホラーか。そう考えながら、彼は切り離していた思考を接続させる。作業はまだまだ中盤。残骸を作成する仮定で同じ残骸となってしまった釘バットの代用品の作成途中で、釘は大量に残っている。材料費が少し懐に響くが、途中でもらった報酬の額からすれば少ないものである。それが、引き出せれば、の話だが。
 初めはよかったものの、単純作業の連続により興味は失われ、熱意はすでに風化してしまっている。思考という現実逃避にも飽き、作業はもう続きそうにもない。また、どこかの暴走族でも潰せば手に入るだろうか。そこで新たな疑問が浮上してきた。今時いるのだろうか、釘バットを持ち歩く暴走族が。というか、釘バットを持ち歩く生命体が。
「ま、考えてても仕方ねぇ・・・、コンビニ行くか」
 そう呟いて、膝に乗せていたバットを置き、立ち上がる。一旦休憩するのも丁度良いし、朝飯を喰うのにも丁度良い。
 同じ姿勢で作業して凝り固まっていた身体をほぐしつつ、残骸を踏みながら足を進める。時折悲鳴が聞こえたような気がするが、幻聴だ。今ので起きて帰ってくれれば十全。
 思考を廻し歩みを進め外へ出る。途中で煙草へ火をつけ、紫煙を吐き出す。
 
 あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は甘音幕僚。今だ学園都市にたどり着いてない特別風紀委員だ。
 
 
-2-
 
 
「やめてって言ってるじゃないですか!何度言ったらわかるんですか!」
「えー?ワターシ日本語ワカリマセーン」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!お前生粋の日本人じゃねーか!」
「ばーかばーか!あはははははは!」
 
 ・・・・・・うぜぇ。非常にうぜぇ上にメンドクセェ。何がうぜぇってわざわざこんな路地裏で女一人に男が三人絡んでいる事であり、展開がベタであることだ。何がメンドクセェってこの裏路地を通らないとコンビニに行けないというのがメンドクセェ。
 ワーディングを張ることも考えたが、UGNに出てこられても面倒だ。良くて数日の拘束、悪くて面倒事を押し付けられたことが脳裏に浮かんでくる。
 どうもにデジャブを感じるが、斬り捨てる。ぐるぐると廻る思考を中断し、煙草の灰を落とす。新しい煙草に火をつけることも考えたが、やめておく。
 障害物は3人。女は放っておく。さっさと飯を買うために行動に移行する。
 一歩踏み出し、二歩目を踏み出す。短いステップを刻み右足を振るう。地面に転がっている空瓶を足の甲に乗せ飛ばすために。
 空瓶が宙を舞っている間に、左足で地を蹴る。煙草を銜えたまま、四人の下へと飛び込む。
 瓶が飛んでくることに気が付いた不良Aが後の二人に言葉を発し、二人が振り返った頃には遅く、不良Bの顔面に膝がめり込んだ。めきょって音が聞こえたが気にしない。着地し、声を発しようとしていた不良Aの顔面に煙草を指に挟んだまま、拳を叩き付ける。そこで初めて、反撃の狼煙をあげる不良C。そして目を丸くしている女。
 それを気にすることなく、煙草を吸おうとしてケースを振るうものの一本もないと気付いた。
「何しやがんだテメェ!」
 そう言って、拳を振上げる不良C。
 クシャ、とケースを握りつぶし口を動かす。いつものように、言いなれた言葉を。
「邪魔だ」
 その言葉と同時に、不良Cの頭部に空瓶が直撃し、崩れ落ちた。
 そして、そのまま歩き出したものの
「え、あ、ちょっと待って!」
「面倒だ」
 そう言い捨てて、裏路地を出る。
 今、何より大事なのは朝飯の確保と煙草の補給なのだから。
 
 
-3-
 
 
 結論を言っておこう。面倒事に巻き込まれた。メンドクセェ、マジメンドクセェ。
 コンビニで立ち読みするんじゃなかった、と後悔するのも面倒だと斬り捨てる。ったく、面倒事はどっかの偽善者ヒーローとか高山に任せときゃいいのに。
 面倒事に巻き込んだのはさっきの女だった。名前は佐伯瞳。近所の大学に通う大学生らしい。どぉでもいいが。
 絡んできた理由はさっきの礼と
「あなた高校生でしょう、学校行かなくて良いの?」
とのことだ。まだ何かありそうだが、聞くのもメンドクセェ。
「・・・・はぁ、メンドクセェな。学校つっても学園都市だから行くに行けねぇの」
 ある意味、今は長い長い登校時間なのかもしれないが。
「・・・・・・なんで、ここにいるのよ。結構遠いわよ、あそこ」
「色々と事情があんだよ、気にすんな」
 のんびりと、買いそびれた朝飯の代わりに、メニューを開く。メニューが示す通り、今いる場所はファミレスだ。席は喫煙席で、灰皿には何本かの吸殻が転がっている。
「あー・・・・そう、そうよね」
 うんうん、人それぞれに事情はあるわね。なんて呟いてる。それはそれで助かるし、好感を持てる。根掘り葉掘り聞いてくる奴の気が知れないというのが彼の本音だ。それに、聞かれても話せることが少ない。オーヴァード云々は話せない。そしてこっちに来た理由も話せない。というか、思い出す気力が彼には無い。ゴリラなんて、色んな意味で話せるわけがない。
 くだらない思考を巡らせながら視線はメニューに落とし、新しい煙草に手をつける。ニコチンが体内を巡り、脳を犯していく。停滞する思考が空白を作り出す。その感覚に身を任せ、もう一口、ニコチンを追加する。
 喫煙者の至福の時間を楽しんでいると彼女が口を開いた。
「ね、ねぇ・・・・・あなた腕に自信があるわよね?」
「・・・・・何やらせる気だよ、テメェ」
 キラキラした、何かを期待するような視線を向けてきやがる。知るか、そんな目向けんな。メンドクセェ。
「とゆーかねー、さっきあなたが吹き飛ばした不良いるじゃない?アレ関連だからー、あなた巻き込まれてるわよ☆」
「・・・・・・・・・・・・・」
 彼は無言でテーブルに倒れ伏した。素敵に華麗な笑顔から逃れるために。そして、現実から逃避するためにも。
 
 
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 彼女が言うには
「彼氏が連れ去られちゃった、助けて☆」
とのことらしい。死んでこい。
 そう面と向かって言うと、彼女は「あなたを殺して私も死ぬわ!」なんてベタなことを言い捨てやがった。それは彼氏に言ってやれ。そして叫ぶな、ファミレスの中心で。俺が変な目で見られるだろうが。
「ったく、メンドクセェ・・・・・・」
 そう呟いて煙草を銜える。今居る場所はファミレスじゃない、彼が居づらかったから逃げだした。飯を食った後だったからよかったものの、食う前だったら確実にキレていただろう。今手元に釘バットがないのが口惜しい。
「それじゃ、よろしくね。報酬は朝ごはん代でいいでしょ?」
 面倒だから、そうゆうことにしておいた。希望を言えば三食と言いたいところだったが、どうせ二度と会わないだろうし、馴れ合う気もない。ならばそれでいいんだろう。必要以上に絡むつもりはない。場所はすでに聞いてある、後は乗り込むだけという算段だ。
「構わねぇよ。それじゃ、後でな」
 そう言って背中を向けて歩き出す。もちろん嘘なのだが、それをわざわざ言う必要は無いし、言う気もない。
 そう思いながら、別れた。しつこくついてくるかと思ったが、それもなく、拍子抜けしながら廃墟にたどり着き、残りの作業に没頭した。
 集まってくるなら夜だろうし、やるなら徹底的に潰す。その考えの下、こうして時間を潰す。
 今も昔も変わらない、未来においても変わらないであろう日常を思いながら、思考を手放した。
 
 
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「メンドクセェよな・・・・・」
 そう呟きながら煙草を銜え、無造作に急造の釘バットを引きずる。どうせやることは変わらない。相手は一般人で、彼はオーヴァード。力量に差がありすぎる、だから手加減がメンドクセェ。
 ぐちぐちとくだらないことを巡らしながら扉を蹴り開ける。扉が派手な音を鳴らしながら転がっていく。赤い赤い絵具の上を。
 一瞬、思考が止まる。
 思考が動き出すまでの間に、視覚情報が入ってくる。無造作に転がったボール。捻くれて折られた枝。ばらまかれたチューブ。赤黒く染められた部品。それは無意味に無意味に並べられ、塗り重なった赤が意味を浮上させる。それに真の意味などないように、それは真に無意味ではない。ただ、導き出された回答は一つ。人が死んでいるという簡単な解答。
「あーぁ、ったくメンドクセェ・・・・・・これはこれでメンドクセェ。オーヴァード絡みかよ」
 軽く、頭をかく。その部品が力ずくで千切られたものであるから、たどり着けた解答を口に出す。手加減の必要性は感じられないが、面倒であることは変わりない。
 煙草はすでに根元まで灰になり時間の経過を知らせてくる。ただ、突っ立っている。破壊しか出来ない自分に、今出来ることなどないとケータイを取り出す。UGNに連絡するために。
 だが直後、その行為の無意味さを思い知った。
 いや、出来ることが降って湧いたと言っても良いかもしれない。
 風圧で銜えていた煙草の灰が落下し、何かにぶち当たったように、ケータイは儚く散っていった。粉々の部品の、赤い部品の行列に並ぶために。
「へぇ・・・・・・」
 その理由を知って、口の端を歪める。理由などなく、正解なんて出ない。矛盾を孕んでいるからこその無回答がそこにはあった。
 視界の先には、目の前には、獣が居る。右腕を鉤爪とし、強固な鱗を鎧とする。理を孕んだ視線が人<オーヴァード>であることを証明し、己が敵であることを肯定している。
「何やってんだ、佐伯?」
「見てわからない?準備運動よ、甘音幕僚カリギュラ
 その言葉に笑みを浮かべる。その名を知っているということはどちらかということを表す。そして今の行動を見れば一目瞭然だ。
「FHか、テメェ」
「ええ、その通りよ。狙われる理由はわかってるわね?あなたは危険なのよ」
 学園都市の外に出てから、やたらUGNに関わることが増えた。そしてUGNに関わるということは必然的にFHの敵となる。だからこそ知っているのだろう、危険性を。
「そぉかい。ならテメェも知ってんだろ!」
 その言葉と共にただ、釘バットを振るう。接近<エンゲージ>されたのならば、彼の武器はこれしかない。
「ええ、知ってるから私が来たのよ!近接されたらエフェクトを使えないあなたが相手だからね!」
 その言葉通り、左腕で弾いてくる。装甲の壁は厚かった。
 舌打ちをする暇も与えられず、体勢を崩された状態にボディブロウをお見舞いされる。一瞬の空白の後、内容物が飛び散る音が聞こえる。灼熱を帯びた傷口が痛覚を刺激し、脳が拒絶、視界がブラックアウトする。
 それも数瞬、腕が引き抜かれる感覚と共に視界に色が戻ってくる。傷口は塞がるが、口から出る体液を気にすることなく。否、気に出来る余裕もなく、二発目が放たれる。顔面に放たれたそれを頭を振って回避したものの。
「甘いよ!」
 空振りした右腕を囮に、左腕で彼の髪を掴む。彼女はサディスティックな笑みを浮かべ、身体を震わせた。
「ほぉら!抵抗してみなよ、王様!」
 興奮しているのか上擦った声で嬌声を上げ、掴んだ左腕を振るう。彼なんて気にすることなく、なんでもないように振り回す。重力から解き放たれ、そこが支配するのは遠心力、そして、佐伯瞳の腕力だった。
 何も知らない子供がおもちゃを振り回すように。地面に叩きつけられ、柱に叩きつけられ。手足は無意味となるものの、修復されるリザレクト。内臓がブッ散らばるものの、修復されるリザレクト。何度も何度も叩きつけられ、何度も何度も修復されるリザレクト
 やがて、壊れた傀儡のように手足は用をなさないようになり、力ない身体が遠心力に耐え切れず、首が捻じ切れ、壁に赤い印を描いた。
「あーらら、他愛無いねー」
 手に持ったボールをジャグラーのように弄びつつ、空虚な手応えにそう呟いた。面白みが無い。歯応えが無い。何も無い。ゆえに彼女はボールを握りつぶした。果物が砕ける鈍い音だけが彼女の心を満たし。滴る果汁の音色だけが彼女の嗜虐を満たしてくれる。
 これで終わり、と心に区切りをつけるために、獣化を解く。手に付着した果汁を軽く払い、足を出口に向ける。コツンコツンと靴音を響かせ、考える。報酬で何買おうか、思考を巡らせる。彼女はマーセナリー。日常はただの大学生なのだから。
 
 
 
 それもやはり、中断される。肩を抉った、重く熱い一撃に。
 それは真っ白で不健康な光の筋。
 それは全てを飲み込む黒き超重力を従えた純粋な破壊力。
 抉れた傷跡を辿れば歪みを纏い、ボロボロの彼が片足を振上げて立っている。
「チッ、狂ったか・・・・・・。まぁいい、自己満足で終わってんじゃねぇぞ。やっとゴキゲン100%になってきたってのによ」
 彼を王と証明する破滅の方程式。
「んじゃ、第二ラウンドと行くか、佐伯?」
 釘バットを肩に担ぎ、不適な笑みを浮かべて王は高らかと宣言する。
 佐伯瞳は歓喜の産声をあげる。敵を敵と認識し、今日初めて、彼女のギアが入る。
 
「そうでなくちゃ面白くn」
 言葉の途中で照射される。それを真っ向から受けて、彼女は呆然とする。
「これで語れよ。FH」
 無事だった煙草を銜え、紫煙を吐く。
 エミを笑みとし、言葉に昇華する。昇華された言葉は叫びとなり、闘いへの鼓舞に身を任せる。
「踊れよ、佐伯!」
 三度、粒子加速砲を叩き込む。それに対して、佐伯は避けることもなく、身を固める事もなく、獣となって突き進む。豊富な生命力を昇華し、魂をも獣に変えて、突き進む。右手を剣とし、駆け抜ける。
「チッ、ゴキゲンじゃねぇか!」
 足元に転がっていた、誰かの釘バットを蹴り上げる。宙を舞うバットに指が触れたとき、佐伯が必殺の間合いに踏み込んだ。剣は勢いを止める事は無く、ただ一直線に、衝撃を伴って彼の身体を貫いた。
 流れ出る血に酔い痴れて、肉を貫く感触に興奮し、下がっていく体温に快感を覚え、命を刈り取ったことに歓喜する。絶対有為の領域での攻撃。データ上では近接<エンゲージ>すれば半端な反撃しかない。そう、彼女は思っていた。
 予想通り、心臓が脈動を始める。だから何かが変わるわけではない。そう、考えていた。
 
 彼が笑うまでは。
 
 身体を貫かれたまま、優劣をひっくり返すために笑う。釘バットを握り、希望をぶち壊すためにわらう。想像を超え、現実へと浸食させるためにワラウ。釘バットを振上げ、己が勝機を確実なものに引き上げるために哂う。
 佐伯の顔には不可解が浮かび上がり、ついで畏怖へと変貌を遂げる。
 その原因は王を中心として円状に燃え上がる炎。釘バットに発生した重力の歪み。全てがこれまでと違う。重弾<バレット>とは違い、超重熱粒子加速砲とも違う。レネゲイトコントロールではない、別の力。
 王が編み出した、もう一つの可能性。12時に解けない真なる魔法シンデレラ
 
 
テメェの脳は何色だッ!!

 
 
 歪みによる超加速、それを得た釘バットはただ佐伯の頭を殴打し、赤い液体がただただ流れ出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
-6-
 
 
 後片付けなんざ全部放り投げた。
 メンドクセェし。